断水 断水への対応 町内会でできることを一所懸命・ともに生きる

令和7年(2025)6月28日

   

 

  

  

     

28日の夜中12時半頃から始まったようですが、報国寺前でずっと行われていた神奈川県による水道管老朽化対策工事の現場から大量の水が漏水し、県道に向かって物凄い勢いで川のように流れたようです。

被害は、華の橋の所の菅野理容店が床上浸水してしまった、ということで、大変なことでした。

そのために二次被害として起きたのが、断水でした。

朝起きて、電話が入っていることに気が付き、また、トイレの水が流れないなど、水道が出ないという現実に愕然として、その時はまだ何が起きているか、よくわからず、ラインで色々な人達からの情報でわかりました。

非常に広範囲にわたっての断水。 暑い毎日が続く中で、水が出ないということの不安。様々頭をよぎりました。

我が家は、5年間もつ、という水を備蓄していたので、とりあえずの朝ごはんは食べることができ、その後、現場へ。そして、町内会館へ行き、現場対応として、ラインで町内会の役員仲間に連絡して、現地へ来ることができる仲間に声をかけました。

朝一発目の報道は、NHKだったようで、一日中一番の放送としてテレビで流れているようでしたが、他テレビ局や新聞記者が現場へ来ていました。

給水車が各地に配備される、という情報が仲間から入り、私からも市長・副市長に連絡をとり、まずは市役所前での給水がまず行われ、さらに御成小や国大付属小、第二中学校、第二小学校、霊園と徐々に場所を広げていることがわかりました。

パニック状態の友人や知人からの連絡もあり、それに対応しながら、地元は工事現場から奥の谷戸、まさに私の住んでいる場所は完全に通行止めにもなり、給水所には、なかなか行かれない人も出てくるだろう、という予想は、地域の人からもあり、対策を考えました。そうしたことを話しているうちに現場の神奈川県の工事現場を監督している職員が、水を近くまで持って来てくれる、ということに交渉からなり、町内会館まで運んでもらうことになりました。

水は、肩から背負うタイプのビニール製の水入れで、奥の人達に声をかける方法がないので、それをリヤカーに乗せて運ぼうとすると、車を出してくれる仲間があり、その車に乗せて、一軒一軒玄関のベルを鳴らして、水が必要かどうか、声をかけて歩きました。

時間も見ずに動いていましたが、暑さも段々増していきました。

勿論全てのお宅が必要である、という訳ではないですが、留守のお宅もありながら、全てに確認しました。

途中、かなりの坂道の2軒については、近所の高校生に必要かどうかの確認に上っていってもらう、ということもしました。ありがたかった。あの坂道は、残りの軒数を考えると上ったら倒れる、と感じていたからです。

やはり、備蓄をしていない家もあり、水を配ることは必要であり、復旧までに幾日かかるかわからない状況で、水がないことはとても不安であることは、よくわかるので、兎に角少しでも配って、パニックにならないように考えていました。

生活用水は、目のまえに流れる宅間川もあることを、そして、お風呂の水があるお宅は、それを利用することができることを伝えながらの一軒一軒でした。

大きく掘れた現場でしたが、頑張って復旧を午後2時頃には見込みが立ち、実際にそういうスケジュールでした。

当日に復旧できたことは、嬉しかったです。

それにしても、突然のことであり、当たり前ですが、今回は人災に近いかもしれませんが、自然災害もこうしておこります。 できるだけ不安にならない方法、できるだけ落ち着いていられる方法を考えておかなくてはなりません。 備蓄の重要性を改めて肝に銘じた方達も多かったと思います。

これが全市に関わることでしたら、自体はもっと深刻です。そうした時のために、誰のせいにすることもなく、なんのせいにすることもしない、助け合える町、町内であって欲しい、と強く思って活動していました。

平成29年の台風15号についてもそうでした。

直ぐに、行政のせいにしたり、何か思い当たることのせいにするのではなくです。

今回もそうした連絡を頂くケースがありましたが、クレームはいくらでも、思いつく限り言えますが、そんなことを言ってもいても、何も良い方向には進みません。一生懸命を少しでも上手くいく方法を考えた方が、助けになりますし、安心できるはずです。喜びも増えるはずです。

色々なご商売をされている人にも影響があったと思います。

大変なことではありましたが、防災を考える時ともなりました。

水配りを一緒にしてくれた仲間、そして、一緒に考えながら動いた仲間、会館の留守番を交代してくれた仲間、本当に有難い仲間の皆さんがいることに感謝した日ともなりました。

一所懸命。 ともに生きる。 ともに育つ。 ともに育ちあう。 和をもって尊しとなす。